映画

2010年1月31日 (日)

今日、愛妻の日に、映画「今度は愛妻家」はいかが?

(愛妻の日のロゴ)
日本愛妻家協会によると今日1月31日は愛妻の日で、午後8時9分には、世界一斉ハグタイムです(日本語の語呂合せと日本時間に依存するのに、世界一斉と言うところがすごい)。

映画「今度は愛妻家」を、きのう妻と見にいきました。思いのほか、良かった。おかしくて、意外で、せつなくて、また妻を泣かせてしまいました。お勧めです、愛妻家のみなさんや愛妻家になりたいみなさん、夫を愛妻家にしたいみなさん、愛妻の日に愛妻家の映画はいかが?

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2009年5月18日 (月)

映画「子供の情景」~アフガニスタンに平和を!

昨日観た映画もうひとつ紹介。イスラエル・パレスチナの重いドキュメンタリーを見てくらくらの頭で、神保町の岩波ホールでやっている映画「子供の情景」を見にいきました。アフガニスタンでバーミヤンの大仏がタリバンによって爆破されてしまう場面から映画がはじまります。読み書きを覚えたい女の子が、タリバンのまねごとをする悪ガキどもにいじめられながらも、私も学校に行くーといって冒険するお話です。

この映画での、タリバンごっこをする子供たちの言葉「女は勉強するな」「アメリカのスパイめ、死ね」「石投げの刑だ」…。ああこれは日本のネット上でよく目にする「フェミうぜえ」「工作員」」「チョン氏ね」とか書いているような人たちの心も似たようなものなのかも。

映画「子供の情景」公式サイト:
http://kodomo.cinemacafe.net

日本アフガニスタン合作劇映画「The Roots」

アフガニスタンの映画といえば、「The Roots」も妻と観てました。大阪のほうではこれから上映がはじまるようです。

日本アフガニスタン合作劇映画「The Roots」公式ブログ:
http://afghan.exblog.jp

その試写会のときに製作総指揮の井上春生さんとアフガニスタンの平和構築に関わっている伊勢崎賢治さんとのトークショーもきくことができました。公式ブログをみてみたらその動画がアップされています:
映画「The Roots」伊勢崎賢治&井上春生トークショー (PeeVee.TV)

アフガニスタンに非武装自衛隊を――伊勢崎賢治さんがやろうとしていること

伊勢崎さんが、アフガニスタンのタリバンとも、米国オバマ大統領のアフガニスタン対策チームとも話し合い、日本がこの地の平和のために貢献するべきことを練っているということが、伊勢崎さんの活動をよく紹介している「超左翼おじさんの挑戦」というブログに書かれていました:
「アフガンに非武装自衛隊を」

大事なことは、戦争を仕掛けたアメリカと、打倒されたタリバンとの間で和解を実現すること。そうしないと、いつまでも戦闘は止まない。…

アメリカとタリバンを和解させ、停戦監視までおこなうという課題で、日本がイニシアチブをとる。9条を持つ日本がやるにふさわしい仕事だ。成功したらノーベル平和賞に値する。

憲法9条のもとでの自衛隊で世界の平和に貢献するということに私も賛成です。

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2009年5月17日 (日)

映画「沈黙を破る」~パレスチナとイスラエルに平和を!

土井敏邦監督によるパレスチナを取材したドキュメンタリー映画「沈黙を破る」を観ました。イスラエル軍の元兵士たちがパレスチナ占領地でのことを、沈黙を破って、証言しています。「イスラエル軍は世界一道徳的」なはずだったのが、兵士たちの良心は麻痺していく…。ひどい扱いを受けるパレスチナ人はイスラエルをますます憎むようになる。

そんなイスラエルとパレスチナのひどい現実なのだけれど、イスラエル人たちが自分たちがしていることを反省して「沈黙を破る」の運動を起こしているということは、ひとつの希望です。

映画の中で語られたユダヤのことわざ「他人の過ちから学べ。すべての過ちを犯す時間はないのだから」。世界中の人たちがこの過ちから学んでほしいです。日本人としては、まずかつての軍国日本がした過ちに学ぶことが基本ですが。

映画「沈黙を破る」公式サイト:
http://www.cine.co.jp/chinmoku/

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2009年5月 4日 (月)

映画「チョコラ!」の紹介

ぼくの友人であるHataさんが編集・制作を担当した映画「チョコラ!」が、5月9日から上映がはじまります。ケニアのストリートチルドレンを描いたドキュメンタリー映画です。

■「チョコラ」
監督:小林茂 配給:東風 2008年/94分
後援:アムネスティ日本、アフリカ日本協議会ほか
5月9日(土)より、東京・渋谷のユーロスペースで公開。全国順次公開予定。
詳しくは映画の公式サイトをご覧ください。
http://www.chokora.jp/

Yahoo!映画投票で「チョコラ!」に投票しよう!

Yahoo!映画投票で、5月9日に初日を迎える映画の中で、注目作はどれかという投票があって、「チョコラ!」もノミネートされています。ここで上位5位に入ると、テレ朝のやじうまワイドで紹介されるそうです。
http://movies.yahoo.co.jp/

↑ここにアクセスして右側の列の下の方、「映画投票」の欄で「チョコラ!」にマークを付けて「投票」をクリック。

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2007年7月29日 (日)

映画『夕凪の街 桜の国』

妻と映画『夕凪の街 桜の国』を観ました。すばらしい映画でした。ふたりで涙ぼろぼろ。

「生きとってくれて、ありがとう」――。生きていくこと、愛すること、遺された者が逝ってしまった人を想い続けること、そういうことの尊さが胸にしみる美しい映画でした。

この日は参議院選挙の投票日、もちろんふたりで投票所に行きました。夕凪の街の原爆の悲惨を経験した戦後日本の不戦の誓いを否定する「憲法改正」ばっかりに熱心な政権を拒否するため。美しい桜の国、平和な日本のために。

『夕凪の街 桜の国』原作コミックもお気に入りです。妻がブログにコミック『夕凪の街 桜の国』のこと書いてます

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2007年2月13日 (火)

映画『モーツァルトとクジラ』観てきた

妻と銀座で映画観ました『モーツァルトとクジラ』

本を先に読んだのだけど、映画の物語はいろいろ違っていて、それぞれ楽しめました。本のほうがとても濃くて、二人が出会う前のそれぞれの物語も、出会って一緒になったのにうまくいかない長い年月のことも、有名になってテレビに出たり映画の話がまいこんでくるなんて話も。映画のほうはその実在の二人(ジェリーとメアリー、映画ではドナルドとイザベル)をモデルにしていても、90分くらいに収まるようにうまく物語が作られてます。

イザベルの率直さは、好きです。性的なことを躊躇なく話すのは、アスペで恥ずかしいという概念がないからとかと解説されているけど、そうかなあ。どこまでオープンにするかというの人それぞれだし、文化によって違えば、社会階層や年代でも違う。「言葉を文字通り理解する」という解説も、少女時代のお馬鹿な失敗はそうであっても、大人である彼女にはそのままあてはまらない。わざと過剰にエキセントリックに振舞うことができるくらい自覚的だし。

アスペルガーの恋愛映画だなんてマイナーで、あまり大きな宣伝もされていないようだし、ガラガラだったりしてなんて勝手に心配して映画館に入ったら、思いのほかいっぱいお客が入っていた。よかった。映画を見た人にはもお勧めです。

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2007年2月11日 (日)

映画と本『モーツァルトとクジラ』

映画『モーツァルトとクジラ』公式サイトへ
↑映画『モーツァルトとクジラ』公式サイトへ

アスペルガー症候群の二人の愛のお話です。

この二人と僕たち夫婦、似ていなくもない。ジェリーは1993年にAGUA (Adults Gathering, United and Autistic)という組織を作り、そこでメアリーと出会う。僕は1997年にアスペルガーの館というサイトを作り、そこで妻と出会う。でも、僕たちは彼らほどには波乱万丈ではないので映画になるよなこともないでしょう(^^;)

映画は、明日、妻と見に行く予定です。その前に原作の本『モーツァルトとクジラ』(ジェリー・ニューポート著/メアリー・ニューポート著/ジョニー・ドッド著/八坂 ありさ訳/NHK出版)を読みました。ジェリーとメアリーが交互に書いている自伝なのだけれど、それは章ごとに主人公が交替する形式の長編小説のようで、面白いです。同じ経験をしているはずなのに、二人が心の中で経験していることはとても違っていて…というのが、小説よりもあからさまです。たとえば二人が初めて結ばれる場面:

ジェリー:
 《メアリーとぼくは慎重にことを進めようとしたが、ファーストキスから二週間後のクリスマスに、ぼくのアパートで愛を交わした。こういうことに関してはメアリーの何分の一も経験を積んでいなかったが、辛抱強い彼女のおかげで落ち着いていられた。ベットの上でこんなにくつろげたのは初めてだ。
 ふたりで横になっていたとき、数年前には思いもしなかったことが実感できた。ぼくにはもうセックスは重要じゃない。同時に、ばかげた夢物語を作りあげて、これまでずいぶん多くの時間をむだにしてきたことに気がついた。セクシーで完璧な女性を恋人にして、ベッドを共にする。そうすれば、変わった自分を世間に見せつけてやれると考えていたのだ。
 セックスなんてどうでもいい、いまほしいのは友だちだ、と心のなかでつぶやいた。
 メアリーに聞こえなくてよかった。彼女に魅力がなかったわけではない。それどころか、ものすごくセクシーだったのだ。》(pp.176-177)
メアリー:
 《クリスマスの夜に、わたしたちは初めて愛し合った。彼の経験はわたしのかけらほどもないようだった。恋人――あるいはそれに近い人――は十年以上いなかったし、デートも五年近くしたことがないと言う。でも、経験のなさは気にならなかった。少なくとも最初は、好感のもてることだと思った。ジェリーが初めから、わたしとのセックスについていろいろ考えていたのはたしかだ。ただ、そのことにかなりの精神的エネルギーを注いでいたにもかかわらず、ベッドの上では不安のかたまり。(中略)
 そのうえ、ジェリーは驚くほど性的な行為に知識がなかった。彼の考えるセックスはずばりそうすることだけ。しかもできるだけ早く切りあげる。(中略)わたしは単純だから、いつまでもこのままではないだろうと思っていた。ふたりの関係のほかの部分がその不足を埋めているかぎりは、喜んでジェリーに時間を上げるつもりだった。
 たしかにそう思っていた――初めのうちは。》(pp.183-184)

(引用、長すぎ?)

身につまされます。このあと二人はどうなるのでしょう。ネタをばらしちゃだめですね。みなさん、本を読みましょう。映画を観ましょう。

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