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2006年8月

2006年8月26日 (土)

いいかげんな日記

「ブログ読んでるよ。忙しいだろうけど、続けてよ。」と言ってくれる人もいたもので、さぼっていたこの日記、過去にさかのぼってちょっと書いてみた。(ブログの日付って、過去にできるから便利ね) 

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2006年8月25日 (金)

口唇ヘルペス

17年前から数ヶ月おきに口唇ヘルペスが発症する。またその予感。上唇がひりひりしてくる。以前処方してもらってたアラーゼ軟膏を塗る。早めに塗るとひどくならないようだ。

17年前、はじめて僕の恋が叶い、はじめてのキス…。そしたらそのうち僕の女神様の唇にできものが…、あとから考えれば口唇ヘルペスだったと思います。ぼくにもともとあったウイルスなのか、初恋の人からのもらい物なのかわからないけど、別れてしばらくしたら僕にもそれが出るようになりました。ヘルペスが出るたび、せつない思い出がよみがえります。

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2006年8月24日 (木)

もうすぐ妻の誕生日

妻が「ねえ何か忘れていない」とか言い出す。今日は特別な日? それとも今週末にでも何かあったっけ? 来月は結婚記念日と妻の誕生日だけど、それはまだ先のこと… と思っていたら、もうすぐ誕生日なのに何も準備してくれないのと泣かれる。

そうかもう10日くらいだ。プレゼントは何がいいかなあ…。妻が欲しがっていたトルコ石のネックレスをネットで注文し、妻がお気に入りのレストランでお食事の予約をすることに。妻としては催促しなくても僕のほうから「もうすぐ君の誕生日だね…」とか言ってくれるようでなきゃ悲しいのである。なかなか学習できない。

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2006年8月23日 (水)

117クーペが退院。

ヘッドライトが点かないのはコラムレバースイッチからの配線のコネクタの接触不良のためであった。
ミッションオイルの漏れの対策にはプロペラシャフトとの間のオイルシール交換。

修理代合計約2万円。

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2006年8月20日 (日)

モダン・パラダイス展

東京国立近代美術館のモダン・パラダイス展をと観にいく。絵を見るのもエネルギー使います。ふたりともくたくた。

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2006年8月19日 (土)

117クーペ修理にあずける~丸木俊作品がうちにくる

117クーペのヘッドライトのスイッチを外してテスターで調べてみたりしたのだが異常はみつからない。自分で直すのはあきらめ、別所自動車にもっていく。ついでに、気になっているミッションオイルの漏れ(ガレージの床がよごれる)も相談してみてもらうことにする。
車をあずけて電車で帰る。

午後に、MINIで妻とお出かけ。丸木俊展で購入した作品を受け取りに、あっぷるはうすギャラリーに行った。デッサン「サリーの女」猫の絵の描かれたマグカップ

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2006年8月18日 (金)

117クーペ、ヘッドライトが点かない

夕方、ピラティスのレッスンに行っている妻を駅に迎えにいこうと117クーペに乗って出発したのだけど、なんか前が暗い、あれまあライトが切れたかな? しかしライト切れの警告灯も点かない。ハイビームにしても点かないのに、パッシングだけは点く。どうもヘッドライトのスイッチのあたりが怪しい。

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2006年8月15日 (火)

終戦記念日に

今日は終戦記念日で、日本が軍国主義から解放されて平和な国になった日なのですが、小泉首相の靖国参拝で朝から気分が悪いです。小泉首相は「心ならずも戦争で命を落とさざるを得なかった人々への慰霊」とか「不戦の誓い」とか言っているけど、靖国神社の発しているメッセージは不戦の誓いとは正反対。「戦争を知らない世代に伝えたい この感動・・・」と戦争を美化しているのですから。

次の総理になりそうな安倍晋三は、「不戦の誓い」なんて冗談でも言わなそうで、小泉よりもさらにあぶない予感がします。安倍政権が目指すは憲法改正して戦争のできる国にすること。野党は改憲反対でまとまるべきです。郵政民営化で小泉に負けた轍を踏んではいけません。

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2006年8月12日 (土)

イマジンを読もう 『自由訳イマジン』(ジョン・レノン&オノ・ヨーコ、新井満)

ジョン・レノン、新井満: 自由訳イマジン

 国や民族どうしで争ったり、国境線で揉めたり、地球の人々は忙しいものです。ちょっと休んで、ジョン・レノンの「イマジン」を読んではいかがでしょうか。「イマジン」の歌詞を、とても分かりやすい言葉で「自由訳」した本が出ました。

「さて どこかの誰かが 戦争を始めようとして 演説するかもしれない 立ち上がろう すばらしい天国が待っている それを信じて この苦しみを耐え忍ぼう とかなんとか

でも どうだろう そんな天国が 本当に待っているんだろうか

そんな天国が 本当に待っているんだろうか」

(新井満『自由訳イマジン』 p.6~p.9)

もともとの「イマジン」は、「天国や地獄がないことを想像してごらん、国境がないことを想像してごらん」、というよなシンプルなもので、そのため宗教を否定するのかなどと受け取る人もいただろうけれど、この「自由訳」では、原作の行間を読んで、それを補うことで文量を10倍くらいに豊かにして、もっと分かりやすく、人の心に届くものにしてくれています。

このイマジンの自由訳が、いろいろな言語に翻訳されて、世界中で読まれるようになればいいのにと思います。まず、英語版、ヘブライ語版、アラビア語版とか。そうすれば、戦争の原因がちょっと消えてくれないかな。

「戦争の原因とは、何だろう。それは精神の不寛容だと思う。不寛容は、新たな不寛容を生む。結果、戦争は、新たな戦争を生みつづけることになる。」(新井満『自由訳イマジン』p.83)

オノ・ヨーコとの対談(ジョンが生きていたらどんなに喜んだことでしょう――オノ・ヨーコ)もよいし、それから、「あとがきに代えて」がおもしろい。著者が高校生のころ自分の生命の誕生日(受精がいつだったのか)に興味をもって、生まれた日から逆算して求めてみたら、1945年8月15日であることが判明。戦争が終わってこれから平和になるという日に父と母が愛し合ってできた子だった!?というエピソードとか、イメージ・プロデューをつとめた長野オリンピックの開会式の音楽として、この自由訳とともにイマジンをと考えて実現しなかったのが、トリノオリンピックで、オノ・ヨーコのメッセージの朗読とともにイマジンが歌われて感動し、オノ・ヨーコに会いにいき、この本ができることになったことなど。

お奨めの本です。

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2006年8月 9日 (水)

平和憲法を変えてはいけない

イスラエルによるパレスチナやレバノンへの攻撃のニュースに触れるたび、これが日本の未来の姿であってはならないと思う。

中東におけるイスラエルのありかたと東アジアにおける日本のありかたが、似ているように思えて、とても気になる。
あちらにはイスラエルとアラブの人々の憎悪の連鎖があり、こちらには反日だとか嫌韓とか嫌中を叫ぶ人々が増殖する。
イスラエルがレバノン侵攻の理由とするヒズボラによる「拉致」「ミサイル発射」。日本と近くの国ともそんな問題があったような…。

幸い日本は今のところ戦争をしない平和な国であるけど、憲法を変えて戦争をできるようにということをやっていくと、やがてはイスラエルのようなことになってしまうのでないかと心配する。自国民を守るため、自衛のためといって攻撃する、その結果罪のない犠牲者がたくさん出て、それが憎悪の連鎖を生んでいく。それは悪夢だ。

戦争をするものは自衛のため正義のためと言う。イスラエルもヒズボラもしかり。靖国史観派の人々だって日中戦争や太平洋戦争は自衛のための戦争だと言っているではないか。自衛のためといってあんな悲惨をまねくようなら、自衛のためだろうが何だろうが戦争を禁止することが理にかなっている。だから平和憲法を私は支持する。改憲には絶対反対。

9条を守ろう!ブロガーズ・リンクに賛同します。

Never Change 9

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2006年8月 5日 (土)

丸木俊回顧展

丸木俊回顧展ポスター 今日は妻とデート。絵を見に行きました。

「原爆の図」で有名な故丸木夫妻の妻のほうの洋画家・丸木俊の回顧展(8月15日まで、場所:さいたま市大宮区高鼻町2-283 カフェギャラリーあっぷるはうす)。このポスターの絵のように色彩豊かで明るい絵や美しく巧みなデッサンが多く、「原爆の図」だけからイメージされるものとは違う丸木俊に触れることができました。またそういう才能と個性をもった画家だったからこそ「原爆の図」のようなすごい美術作品ができたのだろうという気も。

絵は販売もされていて、収益の一部は丸木美術館に寄付されるそうです。妻が気に入って僕もいいなと思ったものをひとつ購入してしまいました(そのうち公開しましょう)。丸木俊回顧展新聞記事(朝日新聞埼玉版2006-08-05)

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走行距離 ?88888.8キロ

走行距離8並び記念写真 今日117クーペで走っていて走行距離を見てみたら8888…と8が並んでいることに気がつき、よーし8が全部そろったら記念写真を…ということをしてみました。走行距離8並び(メーター拡大)

祝88888.8キロ。ただし、ぼくの117の走行距離計は万の桁までしかないので、何十万キロ走っているのかは不明です。

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2006年8月 4日 (金)

怒る猫

生まれてまもなくから長い間ぼく以外の他者と接することがなかったみーちゃん(猫♀)は、なかなか人になつかない。8年前いまの妻と一緒に暮らすようになって悩みだったのは彼女たちの仲の悪さだった。一緒にいるのに全くなつかず、そばによると「フー、ギャー」と吠えたり引掻いたりする猫に妻もキレて「あたしと猫のどっちをとるの!」と僕に当たったり、半年くらいは大変であった。

逃げたいみーちゃん今では妻のほうが僕以上にみーちゃんを手なずけていて平和なのだけれど、たまにうちに来客があったりすると、その頃のことが思い出されます。写真はお客さんに抱っこしてもらったところ(やっぱりムリだった)。怒るみーちゃん

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2006年8月 3日 (木)

山のふもとで猫と暮らしていたころ

みーちゃんは猫だ。1994年の秋、生まれたばかりで捨てられてたんだ。

ぼくんちに連れて帰ったとこ仕事に行ってた会社の中で、拾った仔猫をだれかにゆずりたいという話があったとき、ぼくが手を挙げた。ずっとひとり暮らしだったから、猫と暮らすのもいいかもという気になったのだ。1ヶ月間は拾った人が育ててくれて、それからもらいに行った。場所は高円寺。ぼくが住んでいたのは京王相模原線若葉台駅から徒歩20分のアパート○○荘。もらった仔猫をかばんに入れて電車を乗り継いで帰ってきた。

ちっちゃかった みーちゃん1歳近くなってそれから猫との暮らしがはじまった。名前は「みー」、三毛猫だから。一人暮らしの部屋に、ぼく以外の体温があるなんてことは貴重なことであった。その暮らしが3年半ほど続いた。いまの妻と出会い一緒に暮らしはじめるまで(その話はまたこんど)。

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2006年8月 2日 (水)

我が家の車:117クーペとMINI

20年前、免許をとってはじめて買った車が、117クーペでした。

私のはじめての車:80年式いすゞ117クーペXC。5年前、手離す直前に撮影私の育った家には車がなく、バス以外の車に乗ることなどあまりなかったのと、子供のころのスーパーカーブームの影響で、車というものにとても憧れがありました。運動神経にぶにぶの私に免許がとれるだろうかと不安ながらも教習所に通い、晴れて免許がとれたら何に乗ろうと中古車雑誌のページをめくっていて出会ったのがこの車でした。やっとこ免許をとって中古車屋に行って、ローンを組んで買いました。

私にとってのはじめてのマイカーであるこの車は5年前に手離しました。それ以上維持するにはかなりの修理費が必要だったのと、いまの妻と暮らしはじめていて、妻も運転できる車が欲しいということで。妻はマニュアルの免許はあるものの、そのとき乗っていた117はハンドルが重くて、腕力のない妻には無理でした。(わたしの初代117のスペック:1980年式、いすゞ117クーペ☆☆XC、5MT、パワステなし、色:赤)

結婚記念に買った:'96 Rover MINI Mayfair 1.3i さて117クーペはやめて、次の車は何がいいかと15年ぶりに考えて、そのとき夫婦ではまっていたミスタービーンの乗っているアレがいいでないかと夫婦で意見が合い、中古車屋に行って、117クーペはそこに置き去りにして(ごめんよ117)、MINIを買ったのでした。ミスタービーンのはミニクーパーだけど、クーパーではなくてメイフェアとなりました。 パワステはないけれども、ミニは軽いのでハンドルもそれほど重くありません。(わたしたちのミニのスペック:1996年式、Rover MINI Mayfair 1.3i、4AT、色:ワインレッド)

わたしの2代目117:79年式XEそして2年後、また117クーペを手に入れることができて、我が家の愛車はミニと117の2台となりました。(わたしの2代目117のスペック:1979年式、いすゞ117クーペ☆☆XE、5MT、パワステあり、色:赤)

どうしてまた117クーペを、…というのは、またそのうち書きましょう。

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2006年8月 1日 (火)

はじめまして

ものぐさなので、つづくかどうか分からないけど、今日から日記つけます。

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